迷路で使う認知機能とは?―「道を探す」課題を認知神経科学から考える
「最近、買い物で何を買うか忘れてしまうことがある」
「道順を考えるのが少し苦手になった気がする」
そんなとき、手軽に取り組める「脳トレ」として迷路を思い浮かべる方もいるかもしれません。
迷路は子どもの遊びというイメージもありますが、リハビリテーションや心理学の分野では、さまざまな認知機能を使う課題の一つとして扱われてきました。
迷路を解くとき、私たちはただ線を目で追っているわけではありません。
「どちらへ進めばよいか考える」
「通った道を覚えておく」
「行き止まりなら別の道を探す」
「目で見た情報に合わせて手を動かす」
このように、複数の認知機能を組み合わせながら課題に取り組んでいます。
今回は、迷路を解くときにどのような認知機能が使われているのか、また、迷路課題をリハビリテーションや自主トレーニングに取り入れる際に、どのような点に注目できるのかを考えていきます。
迷路を解くとき、頭の中では何が起きている?
迷路では、スタートからゴールまでの道を探しながら、目の前の情報を次々に処理していきます。
たとえば、次のような流れです。
- 目標となるゴールを確認する
- 進めそうな道を探す
- これから進む方向を考える
- 通った道や行き止まりを覚えておく
- 間違えた場合は別の道を試す
この一連の作業には、注意、記憶、判断、計画、柔軟な切り替えなど、さまざまな認知機能が関係しています。
迷路の難しさによって、必要となる認知機能の組み合わせも変わります。
「どこへ進む?」を考える力―計画と判断
迷路では、目の前の道をただ進めばよいとは限りません。
「この道を進むと行き止まりかもしれない」
「先にこちらの分岐を確認してみよう」
「このまま進むより、別のルートの方が近そうだ」
このように、少し先の状況を考えながら進む必要があります。
特に分岐が多い迷路では、複数の選択肢の中から次の行動を選ぶことになります。
こうした「目標に向かって手順を考える」「状況に応じて行動を選ぶ」といった働きは、認知機能の一つである遂行機能と関連します。
遂行機能は、日常生活でもさまざまな場面で使われています。
たとえば、
- 外出前に必要な準備をする
- 料理の手順を考える
- 複数の用事を順番に進める
- 予定が変わったときに対応する
といった場面です。
もちろん、迷路を解いたからといって、これらの生活上の能力が直接向上するとは限りません。
ただ、迷路の中で「考えて選ぶ」という認知機能を使う機会をつくることはできます。
「さっき通った道」を覚えておく―ワーキングメモリ
迷路では、少し前に見た情報を一時的に覚えておく必要があります。
「あの道は行き止まりだった」
「この分岐はさっき確認した」
「ゴールは右側の方向にあった」
このような情報を頭の中に一時的に保持しながら、次の行動を考えます。
このように、短い時間だけ情報を保ちながら、同時に考えたり判断したりする働きは「ワーキングメモリ(作業記憶)」と呼ばれます。
迷路では、すべての道を正確に覚える必要があるわけではありません。
しかし、直前に通った道や、確認した場所をある程度覚えておくことで、同じ場所を何度も調べることを減らせます。
そのため、迷路の構造や難易度によっては、視覚的な情報を一時的に保持する力が課題の成績に関係する場合があります。
道を目で追う―視覚的な探索と空間認知
迷路では、紙面上の線や分岐を目で追いながら、全体の構造を把握していきます。
「この道はどこにつながっているのか」
「この先に分岐はあるのか」
「ゴールはどの方向にあるのか」
といった情報を確認する必要があります。
これは、目に入った情報を整理し、位置関係を把握する視空間的な処理と関係します。
迷路の種類によっては、細かい線を見分ける視覚処理だけでなく、紙面上の位置関係を捉える空間認知も重要になります。
特に、道が複雑に入り組んでいる迷路では、目の前の一部分だけを見るのではなく、全体の構造を意識しながら進む必要があります。
このような視覚的な探索は、迷路だけに限られたものではありません。
日常生活でも、
- 案内図から目的地を探す
- 店内で必要な商品を探す
- 駐車場で自分の車を探す
- 机の上から必要な物を見つける
といった場面で、視覚的に情報を探す力が使われています。
行き止まりでどうする?―切り替える力
迷路では、間違った道に進んでしまうことがあります。
そのときに必要なのは、「失敗しないこと」だけではありません。
「この道は違った」
「ここまで戻ろう」
「別の道を試してみよう」
と、次の方法に切り替えることが必要です。
このように、状況がうまくいかなかったときに方針を変更する働きは、認知機能の柔軟性と関係しています。
迷路では、行き止まりに到達したことが、次の判断の材料になります。
「このルートは使えない」という情報をもとに、別の選択肢を探していくのです。
そのため、迷路を解く過程では、単に正解を探すだけでなく、「うまくいかなかったときにどう対応するか」という経験も含まれています。
見ながら手を動かす―視覚と運動の協調
紙の迷路では、目で道を確認しながら、ペンで線を引いていきます。
つまり、
- 目で線や道を確認する
- 進む方向を判断する
- 手をその方向へ動かす
- 線が道から外れていないか確認する
という複数の処理を同時に行っています。
このような視覚情報と手の動きを組み合わせる働きは、視覚運動協調と呼ばれます。
迷路の難易度が高くなると、単に正しい道を見つけるだけでなく、細い道から線を外さずに進むことも必要になります。
そのため、同じ「迷路」という課題でも、
- 道が太いか細いか
- 分岐が多いか少ないか
- 行き止まりが多いか
- 全体の大きさはどのくらいか
といった特徴によって、必要となる力は変わります。
迷路の種類によって、使う力は変わる
迷路にはさまざまなタイプがあります。
たとえば、次のような違いがあります。
| 迷路の特徴 | 主に使う認知機能の例 |
|---|---|
| 一本道が長い | 注意を持続する力 |
| 分岐が多い | 判断・計画 |
| 行き止まりが多い | 切り替える力 |
| 似た道が続く | 直前の情報を保持する力 |
| 細い道が多い | 視覚と手の協調 |
| 全体の構造が複雑 | 空間を把握する力 |
ただし、実際の課題では複数の認知機能が同時に使われます。
「この迷路は注意力だけを使う」というように、特定の機能だけを完全に切り分けることは簡単ではありません。
そのため、迷路を評価や練習に用いる場合には、正解できたかどうかだけでなく、どのように取り組んだかを見ることも大切です。
正解数だけでなく「解き方」にも注目する
迷路では、ゴールにたどり着けたかどうかが分かりやすい結果になります。
しかし、同じ正解でも、そこに至るまでの過程は人によって異なります。
たとえば、
- 左上から順番に確認する
- 行き止まりに着くたびに戻る
- 同じ場所を何度も確認する
- 目線がさまざまな場所へ移動する
- 先の道を確認してから進む
など、さまざまな解き方があります。
リハビリテーションで課題を用いるときには、最終的な結果だけでなく、こうした取り組み方を観察することで、その人の特徴を知る手がかりになることがあります。
「どこで迷いやすいのか」
「どのようなときに同じ場所へ戻るのか」
「どの程度の複雑さなら取り組みやすいのか」
こうした情報は、課題の難易度を調整する際の参考になります。
迷路を自主トレーニングに取り入れるときの考え方
迷路を自主トレーニングに取り入れる場合は、最初から難しい課題を選ぶ必要はありません。
まずは、無理なく取り組めるものから始めてみましょう。
慣れてきたら、
- 分岐の多い迷路
- 道の長い迷路
- 行き止まりの多い迷路
- より複雑な構造の迷路
など、少し特徴の異なる課題に取り組む方法もあります。
一方で、迷路が複雑すぎて、どこから進めばよいか分からなくなってしまう場合は、難易度が合っていない可能性があります。
「最後まで解けたか」だけを目標にするのではなく、
「今日はここまでできた」
「この部分は自分で見つけられた」
「前より少し早く進めた」
といった変化にも目を向けると、無理なく続けやすくなります。
また、視力や手の動かしにくさ、疲れやすさなどによって、迷路への取り組みやすさは変わります。
同じ課題でも、その日の体調によって難しく感じることがあります。
そのため、必要に応じて休憩をはさんだり、課題の大きさや難易度を調整したりすることが大切です。
迷路は「さまざまな認知機能を使う課題」の一つ
迷路を解くときには、
- 目標を確認する
- 道を探す
- 先の展開を考える
- 直前の情報を覚えておく
- 間違いに気づく
- 別の方法へ切り替える
- 見ながら手を動かす
といった複数の処理が行われています。
このように考えると、迷路は単なる「道探し」ではなく、複数の認知機能を組み合わせて使う課題の一つといえます。
もちろん、迷路だけで認知機能全体を評価できるわけではありません。
また、迷路を行うことで、日常生活のすべての能力が向上するとは限りません。
大切なのは、課題の特徴と、その人が必要としている力を考えながら活用することです。
「この迷路では、どんな力を使っているのだろう?」
そんな視点で取り組んでみると、いつもの迷路も少し違って見えてくるかもしれません。
迷路は、楽しみながら取り組める課題であると同時に、注意や記憶、判断、空間認知など、さまざまな認知機能に目を向けるきっかけにもなります。
リハビリテーションや自主トレーニングの一つとして取り入れる際には、本人の状態や目的に合わせて、無理のない難易度から活用していくことが大切です。


参考文献一覧
- Othman, N. A., et al. (2022). Morris water maze: a versatile tool to assess spatial learning and memory in rodents. Behavioural Brain Research.
- Molenberghs, P., et al. (2009). Task-related modulation of visual neglect in cancellation tasks. Neuropsychologia.
- Vaughan, L., et al. (2019). Functional MRI of Letter Cancellation Task Performance in Older Adults. Frontiers in Aging Neuroscience.
- 「前頭葉損傷患者の視空間的ワーキングメモリーの障害―迷路課題による検討―」J-STAGE掲載研究。
- 「没入型バーチャル迷路ゲームによる空間認知能力の検証」CiNii Research掲載研究。
※迷路課題の結果は、視力、手の動かしやすさ、疲れやすさ、注意・記憶など、さまざまな要因の影響を受けます。課題の結果だけで、特定の認知機能や病気の有無を判断することはできません。リハビリテーションで活用する場合は、本人の状態や目的に合わせて、医師やリハビリテーション専門職と相談しながら進めることが大切です。


