リハビリでよく使用される「脳トレプリント」。
「簡単すぎると、やる意味がないのでは?」そんな風に思われる方も多いかもしれません。でも実は、「ただ難しければ良い」というわけではないことが、さまざまな研究で分かってきています。
今回は、脳にとって最も効率が良いとされる「難易度のバランス」について、研究の知見を紐解きながらご紹介します。
「ちょっと手応えがある」が、脳を一番動かす
まず、リハビリの難易度設定でよく引用される「最適チャレンジポイント理論」という考え方があります。
この理論を簡単に言うと、脳が最も効率よく学習できるのは、「簡単すぎず、難しすぎない絶妙なポイント」だということです。 臨床現場では、一つの目安として成功率70%〜90%程度が良いと言われることがあります。全問正解が続くようなら、脳にとって新しい情報処理が必要なくなってしまいますし、逆に半分も解けないと、処理が追いつかなくなってしまう可能性があるからです。
「スラスラ解けるけれど、たまに立ち止まって考える」 そんな状態が、脳への刺激が最も高まりやすいタイミングかもしれません。 (出典: Guadagnoli, M. A., & Lee, T. D., 2004)
「間違えない」ことから始める大切さ
一方で、特に記憶や注意の障害がある場合に大切にされているのが「エラーレス・ラーニング(誤りなき学習)」という手法です。
私たちは普段「失敗から学ぶ」ことも多いですが、脳の機能によっては、一度ついた「間違いの記憶」を修正するのが苦手な場合があります。その場合、何度も間違えながら進むと、意図せず「間違い」のパターンを学習してしまうことになりかねません。
そのため、最初は成功率100%に近い「確実に正解できるレベル」からスタートし、正確な記憶や動作だけを積み上げていくことが、結果として近道になることもあるのです。 (出典: Wilson, B. A., et al., 1994)
「夢中」になれるバランスが、継続のコツ
自主トレが続かない理由は、根気がないからではなく「難易度のミスマッチ」かもしれません。心理学には「フロー理論」という有名な考え方があります。
人間が時間を忘れて没頭(フロー)できるのは、「自分のスキル」と「課題の難易度」がぴったり釣り合っているときだけだと言われています。
- 難しすぎる → 「できない、不安だ」という拒否感に。
- 簡単すぎる → 「つまらない、退屈だ」という刺激不足に。
「できた!」という達成感が適度にあることが、リハビリを無理なく続けるための「心の栄養」になります。 (出典: Csikszentmihalyi, M., 1990)
数学的にみた「効率の良い成功率」
最近では、人工知能(AI)の学習プロセスを分析した研究からも、興味深い数値が報告されています。それが「85%ルール」です。
この研究(※AIや知覚学習が中心の研究で、リハビリへ直接適用されたものではありませんが)によると、エラー率が約15%(成功率85%)のときに、学習の進みが最も速くなったというデータが示されました。
「10問中、1〜2問だけ間違える」 このくらいの難易度を意識してみることが、脳にとってちょうど良いバランスを選択するヒントになるかもしれません。 (出典: Wilson, R. C., et al., 2019)
まとめ:その日の自分に合わせた「処方箋」を
これまでの理論を合わせると、自主トレプリントはこんな風に進めていくのが理想的と言えそうです。
- 導入期:まずは「確実にできる」ところから 「自分はできる!」という自信(自己効力感)をつけ、正しい回路を脳に定着させます。(目安:成功率90〜100%)
- 定着期:慣れてきたら「少しの負荷」を 少しずつ難易度を上げ、「うーん、これはどっちかな?」と少し考える問題を混ぜていきます。(目安:成功率80〜85%)
- 調整:無理は禁物 もし正答率が半分を切るようなら、それは今の状態に対して負荷が強すぎる合図かもしれません。強い疲労感や挫折感につながる可能性があるため、迷わず難易度を下げて調整することが、長期的な回復には有効だと思われます。
また、高次脳機能障害の方は、その日の体調や疲れ具合、覚醒レベルによって、同じ課題でも成績が大きく変わることがあります。
「今日はなんだか集中しにくいな」という時は、レベルを落として「確実にできること」から始める。そんな風に、その日の自分の状態に合わせて柔軟に調整すること自体が、最も適切な「リハビリの処方箋」になるはずです。
参考文献一覧
- Guadagnoli, M. A., & Lee, T. D. (2004). Challenge point: a framework for conceptualizing the effects of various practice conditions in motor learning. Journal of Motor Behavior.
- Wilson, B. A., et al. (1994). Errorless learning in the rehabilitation of memory impaired people. Neuropsychological Rehabilitation.
- Csikszentmihalyi, M. (1990). Flow: The Psychology of Optimal Experience. Harper & Row.
- Wilson, R. C., et al. (2019). The 85% rule for optimal learning. Nature Communications.


