抹消課題でわかる「注意力」と脳の働き

STコラム

抹消課題でわかる「注意力」と脳の働き

「探す」という作業は、実はかなり複雑

私たちは日常生活の中で、常に「探す」という作業を行っています。

  • 駅の案内図から目的地を探す
  • スーパーの棚から目的の商品を見つける
  • 大勢の待ち合わせ場所から知人の顔を探す

認知心理学では、このように多くの情報の中から目的のものを見つけ出す働きを「視覚的探索(Visual Search)」と呼びます。こうした“探す力”を客観的に評価する方法のひとつが、「抹消課題(Cancellation Task)」です。

抹消課題は、紙面に並んだ多くの記号の中からターゲットだけを探し、ペンで線を引いて消していく作業を行います。一見すると単純な作業ですが、そのプロセスには脳の多様な機能が関わっています。

抹消課題では、どのような機能が使われているのか

この課題を遂行するためには、複数の認知機能が同時に働く必要があります。

まず、記号の形や向きの違いを瞬時に見分ける「視覚処理」が必要です。さらに、「今、何を探しているのか」というルールを一時的に保持しておく「ワーキングメモリ(作業記憶)」の働きも欠かせません。

また、周囲にある無関係な記号に惑わされず、必要な情報だけに意識を向ける力も重要です。これは認知心理学で「選択的注意」や「抑制機能」と呼ばれる働きです。加えて、見つけた場所へ正確に手を動かし、完了したら速やかに次の場所へ視線を移すといった、運動と注意の切り替えも同時に行われています。

脳のどの部分が関係しているのか

脳画像研究(Vaughanら, 2019)によると、抹消課題を行っている際、脳の「前頭葉」や「頭頂葉」といった領域が活発に活動することが報告されています。

特に前頭葉は、注意を維持し、順番よく探索を進め、不適切な反応を抑えるといった、行動のコントロールに関係していると考えられています。加齢や脳の変化に伴い、作業スピードが低下したりミスが増えたりすることがありますが、これは注意を制御する脳のネットワークの働きを反映している可能性が示唆されています。

空間への注意の偏りを評価する

抹消課題は、脳損傷などによって左右どちらかの空間に注意が向きにくくなる「半側空間無視(USN)」の評価において、極めて重要な役割を担っています。

例えば、右脳の損傷によって左側への注意が低下している場合、紙の右側にあるターゲットは全て消せていても、左側にあるターゲットだけが大きく抜け落ちることがあります。これは視力の問題ではなく、脳が「空間へ注意を向ける範囲」を適切にコントロールできていない状態と考えられています。どこに消し残しがあるかを確認することで、探索可能な空間範囲の特徴を把握できる可能性があります。

「どう探したか」というプロセスも重要

最近では、最終的な正答数だけでなく、「どのように探し進めたか」という過程にも注目が集まっています。

例えば、左上から順番に確認していく「系統的な探索」は、比較的見落としが少なく効率的です。一方で、視線があちこちへ飛びやすい場合は、計画性や注意のコントロールに高い負荷がかかっている可能性もあります。こうした探索の仕方は、個人ごとの情報処理スタイルの違いとして現れることがあり、実生活での行動特性を理解するヒントになると考えられています。

まとめ

抹消課題は、シンプルな「探し物」に見えて、その裏側では視覚処理、ワーキングメモリ、注意力、空間認識、そして運動機能が緻密に連携しています。

私たちが普段何気なく行っている行動の裏側では、脳が膨大な情報を整理しながら、効率よく注意をコントロールしています。一本の線を引くという行為は、そのような脳の統合的な働きを理解するための、大切な指標の一つになると考えられています。

参考文献一覧

  • Hatta, T., et al. (2006). “Reliability and validity of the digit cancellation test, a brief screen of attention.” Higher Brain Function Research, 26(4), 434-441.
  • Blotenberg, I., & Schmidt-Atzert, L. (2019). “On the Components of Performance in Cancellation Tests.” Journal of Individual Differences, 40(1), 1-13.
  • Vaughan, L., et al. (2019). “Functional MRI of Letter Cancellation Task Performance in Older Adults.” Frontiers in Aging Neuroscience, 11, 81.
  • Molenberghs, P., et al. (2009). “Task-related modulation of visual neglect in cancellation tasks.” Neuropsychologia, 47(1), 160-168.
  • 日本高次脳機能障害学会(編). (2006). 『標準注意検査法 CAT 標準意欲評価法 CAS 実施マニュアル』, 新興医学出版社.